2024年11月22日金曜日

米の価格高騰|疑問と懸念

 2024年、米不足から店頭から米が消えるといった事態になり、価格も異様に上がった日本。新米が出れば安定するのではとの見方もあったが、11月22日現在、米の価格は依然高いままである。経営に苦しむ飲食店、家計への影響などが今も報じられている。この状況に、私はある疑問を抱いている。

 疑問を抱く理由として先ず挙げられるのは、「2024年のコメの生産量は前年より22万トン多い683万トンと、24年7月〜25年6月の需要見通しの674万トンを上回ると予測」①されていることだ。引用は10月30日付けの日本経済新聞の記事『24年のコメ、需要上回る生産 来夏の不足なお懸念』からである。同記事には農水省の分析として、「今夏のコメ品薄は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を受けた買い込みが主因」②であり、新型コロナウイルス禍から回復したインバウンド需要の急激な伸び(14万トン)も原因であり、来年また海外からの観光客が増加すれば需要が大きく減るかは不透明であるとしている。
 昨年よりも生産量が増えているが、海外からの観光客が増え需要が高まれば再び米の供給は不安定になるという。観光客がそれほどの米を消費するのだろうか?14万トンという数字は正確なのだろうか?そのような疑問を抱いたのである。

 その一方、「ことし(2024年)1月から7月の日本のコメの輸出量は2万4469トンで去年の同じ時期より23%増え」③ている。同時期の輸出額は64億6200万円で、前年比で3割上回るペースで、年間では初の100億円に到達する可能性もあるという。
 輸出量のトン数は大したことのないように見えるが、気になるのは輸出額である。1トンあたりにすると26万4千円である。日本国内の流通では23万円であることを考えると、国内で流通させるより海外に売った方が儲かってしまう。海外に売る業者が増えるのではないか?それが私が抱く懸念である。

 この懸念を抱くのにも理由がある。私は仕事で海外から農産物を仕入れることがあるのだが、輸入価格はコロナ禍前の倍以上になっている。こうした輸入品の価格高騰は、コロナ禍後の急激な流通再開、円安などが原因であるとされていた。しかし、海外の業者と価格について相談したときこう言われたことがある。
「なぜ日本にだけ安く売らないといけないのか」
他所の国の仕入れ業者と同じ値段で買え、というのである。その時、私の頭をよぎったのは、この30年、日本国民の平均所得が上がっていないことである。欧米やオセアニア、それにアジアの中には既に日本の所得を大きく上回るほど経済成長をしている国が多く存在する。そのような国に旅行に行けば、物価は倍以上であることを実感する。観光地価格であること、円安を理由にしてみても、どうもそれだけが原因とは思えないほど高い。国内の所得が上がり経済成長している国では物価は上がる。停滞している日本だけが、取り残されているように思えてならない。

 日本の場合、国内で生産されたものであっても、その原料は輸入に頼るものが多い。畜産にしても、飼料は輸入品が大半を占めるであろう。海外との差が開けば、日本国内全体で、あらゆる商品の物価は上がり続ける。海外アーティストの公演チケットのようなものも、向こうの感覚で値がつけられるとしたらやはり高額になっていくのだろう。そして日本国内よりも海外の方が高く買うから…という理由で輸出が増えるのであれば、日本は益々貧しくなっていく。さらに言えば、輸出をしている業者が、国内だけ安く売るということも考えにくい。

 以上は、私自身が抱く懸念であり、社会情勢を正しく分析しているものとは言い難いかもしれない。しかし日本の所得が上がらないことを要因とする物価高騰は確かに存在する…そう言えないだろうか。この懸念を晴らすには、国内生産の地力を増やす政策、そして所得を上げる地道な努力しかないように思う。30年の停滞はあまりにも大きいが、今すぐにとりかからないと、円は紙切れ以下になってしまうのではないか。そうした不安が頭をよぎる。

[引用]
①、②日本経済新聞「24年のコメ、需要上回る生産 来夏の不足なお懸念」2024年10月30日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA294O90Z21C24A0000000/#:~:text=%E8%BE%B2%E6%9E%97%E6%B0%B4%E7%94%A3%E7%9C%81%E3%81%AF30,%E3%82%92%E4%B8%8A%E5%9B%9E%E3%82%8B%E3%81%A8%E4%BA%88%E6%B8%AC%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2024年11月23日閲覧)
③NHK首都圏ナビ「コメ不足2024 生産量や輸出は?ふるさと納税の返礼品の在庫 茨城県八千代町などでは」2024年9月4日
https://www.nhk.or.jp/shutoken/articles/101/011/29/#:~:text=%E3%82%B3%E3%83%A1%E8%BC%B8%E5%87%BA%E9%87%8F1%EF%BD%9E,%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年11月23日閲覧)

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2024年7月20日土曜日

ライフコースの概念とライフコースの視点が導入された背景について

 ライフコースとは「個人が生涯のなかで、様々な出来事を経験し、社会との関係から様々な役割を果たしていく過程のこと」1)である。日本では1970年代頃に登場した考え方で、その背景にはライフサイクルの概念の限界があった。本稿では、ライフコースの概念と歴史について、ライフサイクルとの関連性を中心に述べる。

 ライフサイクル研究の草分け的なものとして、ラウントリーの貧困研究が挙げられる。ラウントリーは、高齢者や子供は他の年齢層に比べ貧困線より下の貧困層に陥りやすいことを見出し、ライフサイクルにおける貧困の循環や周期性を明らかにした。

 その後ライフサイクルの考え方は生物学や心理学の分野で発達する。特にエリクソンの発達段階説が代表的である。彼は人間の一生を8つの発達段階に分け、各段階ではプラスの力(発達課題)とネガティブな力(危機)が対になっており、その両方の関係性が人として発達していくことに大きく影響するとした。ライフサイクルは、人間の一生に見られる規則的な推移が世代ごとに繰り返されること、つまり世代間に共通する形態を指す概念として確立していくのである。

 しかしライフサイクルの考え方には、個人の多様な人生のあり方や社会的な変化に対応できないという問題があった。例えば、ライフサイクルや家族周期の研究では、異性婚による家族の形成を前提とした標準的な家族発達のパターンを示すことが重視された結果、事実婚や同性婚、独身の選択、離婚、再婚などの経験をしてきた個人の発達過程を例外として研究から除外されてしまった。また、ライフサイクルは同時代の人々が共通に経験する歴史的出来事や社会状況の影響を無視していたという批判もあった。

 こうした課題に対応するため、ライフサイクルを相対化したライフコースの概念が登場する。初期のライフコース研究の代表的なものとして、エルダーの『大恐慌の子どもたち』がある。エルダーは、大恐慌などの歴史的事件が、その後の個人の人生にどのような影響を与えたかを縦断的に調査することで、社会的なパターンと個人の生活を結びつけて説明しようとしたのである。そして「ライフコースとは、個人が年齢別の役割や出来事を経つつ辿る行路をさす」2)と定義する。

 ライフコースの研究では、個人の人生におけるライフステージという区分けが用いられる。ライフステージとは、個人の年齢や社会的な役割に応じて、人生をいくつかの段階に分けたものである。ライフステージは、個人の人生における重要な出来事や変化(ライフイベント)が、個人の人生に与える影響を分析する際に用いられる。

 ライフコースの概念は、個人の人生における個人化という現象を理解するためにも有用である。個人化とは、個人が自分の人生における選択や責任を自らの判断で行うことを指す。個人化は、社会の変化や多様化に伴い、人生における規範や制約が弱まり、個人の自由度が高まったことを反映していると言える。しかし個人化には、個人の自己実現や多様性の尊重という肯定的な側面と、個人の孤立や不安、社会問題の個人化という否定的な側面とがある。ライフコースの概念は、その両面を捉えることができると考えられるのである。

 以上、ライフコースの概念と歴史について述べてきた。ライフコースは、ライフサイクルという概念の限界を克服するために生まれたものであり、個人の多様な人生のあり方や社会的な変化に対応できる概念である。また、ライフステージやライフイベントが、個人の発達や社会化、社会的地位や役割、生活の質や幸福感などにどのように影響するかを検討するライフコース研究は、個人の人生における個人化という現象を理解することにも貢献していると言えるだろう。

[引用文献]

1)福祉教育カレッジ(編)「社会福祉用語辞典」エムスリーエデュケーション 2017年 P476
2)中村文哉(編著)「生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で」ふくろう出版 2009年 P39

生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で

[参考文献]

・日本ソーシャルワーク教育学校連盟(編)「社会学と社会システム」2021年 中央法規出版
・李侖姫・渡辺深(著)「入門 社会学」2022年 ミネルヴァ書房
・中村文哉(編著)「生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で」2009年 ふくろう出版
・日本大学経済学部."ライフコースの社会学再考". 研究紀要第75号. 2014年1月 https://www.eco.nihon-u.ac.jp/wp-content/uploads/2023/05/75-8.pdf.(2024年1月8日閲覧)

2024年7月14日日曜日

医療費が高騰する現在、日本の医療保険制度の特徴と役割

 日本の医療保険制度は世界に類を見ない高度な普及率とサービス水準を誇る制度である。しかし少子高齢化や医療技術の進歩に伴う医療費の高騰と現役世代の負担増は、その持続可能性に大きな課題をもたらしている。そこで本稿では、医療費が高騰する中、日本の医療保険制度の特徴と役割について述べる。

 日本の医療保険制度の特徴は、先ず国民皆保険であることが挙げられる。日本では1961年に国民皆保険制度が実現する。これによりすべての国民は何らかの医療保険に加入することになり、医療を受けた場合は医療保険が適用される。ただし、労災保険の適用や自由診療(全額自己負担)となる美容整形などを除く。

 医療保険の種類は、一般被用者(健康保険)、公務員(共済組合)、船員(船員保険)の被用者とその家族が加入する被用者保険、自営業者や無職者などの非被用者が加入する国民健康保険に大別される。また75歳以上の高齢者は後期高齢者医療制度に移行する。これらの医療保険は、国や地方自治体、保険者などが共同で運営し、保険料や負担割合は所得や年齢などに応じて異なる。

 被用者保険の保険者はそれぞれ、健康保険は全国健康保険協会と健康保険組合、船員保険は全国健康保険協会、共済組合は共済組合・事業団である。また国民健康保険には、都道府県及び市町村を保険者とする市町村国民健康保険、法人に属さない医師や弁護士などを対象とした職種別の国民健康保険組合を保険者とするものがある。

 日本の医療保険制度の特徴としては他に、どこの医療機関でも、どの医師にも自由に診てもらい、医療サービスを受けられることが挙げられる。そして、医療保険で受ける医療サービスは、一部負担金を支払うことで受けられる現物給付が中心であることも特徴であると言えよう。健康保険、共済、国民健康保険での窓口負担割合は3割(義務教育就学前の者、70歳から74歳までの者は2割)であり、後期高齢者医療制度での窓口負担割合は1割(一定以上の所得がある者は2割、現役並み所得者は3割)となっている。ただし、所得に応じ一部負担金に限度額を設ける高額医療制度がある。また、傷病や出産による傷病手当金や出産手当金等の現金給付もある。

 医療保険の適用を受ける場合、医療機関には提供する医療サービスに対して、国が定めた診療報酬点数表に基づき一定の報酬が支払われる。この診療報酬制度は、医療保険の財政を安定させるとともに医療サービスの価格を統一する効果があると言える。

 上述の特徴から、医療保険制度の役割は以下のように考えられる。

①国民の健康を守る
 国民が必要なときに必要な医療を受けられるようにすることで、国民の健康を守る役割を果たしている。

②国民の経済的負担を軽減する
 医療費の全額を自己負担することなく、医療を受けられるようにすることで、国民の経済的負担を軽減する役割を果たしている。また、高額療養費制度や傷病手当金制度なども設けており、生活困難に陥ることを防いでいる。

③社会の公平性と安定性を保つ
 所得や地域にかかわらず、医療サービスを平等に受けられるようにすることで社会の公平性を保つこと、また国民の健康や経済的安全を確保することで社会の安定性を保つ役割がある。

 上記③のみ役割を果たしているとは記述しなかった。その理由として「現役世代の保険料率は報酬の3割を超える水準であり(中略)医療介護の保険料率上昇を抑制する取組みを強化しないと(中略)保険制度が持続できないおそれ」1)があることを挙げておきたい。
 今後さらに、必要な医療を提供しつつ給付費等の伸びを抑制し、構造的賃上げを通じて所得を増加させ給付と負担の均衡を保つことが必要となるであろう。
 また、政府は少子化対策を実現するに当たり「加速化プラン(事業規模3兆円半ば)」を実施するという。その効果を注視しておく必要があるだろう。

[引用文献]

1)財務省 『(資料)社会保障』 2023年11月1日 P14 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20231101/01.pdf

[参考文献]

・阿部裕二、熊沢由美(編)『社会保障』弘文堂 2023年
・真田是(著)『社会保障と社会改革』かもがわ出版 2005年

真田是(著)『社会保障と社会改革』かもがわ出版
・社会保障入門編集委員会(編)『社会保障入門2023』中央法規出版 2023年
・厚生労働省."我が国の医療保険について". https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/iryouhoken01/index.html.(2023年11月18日閲覧)
・日本看護学会."医療保険制度の仕組みと特徴". https://www.nurse.or.jp/nursing/health_system/point/index.html#02. (2023年11月18日閲覧)
・日本医師会."日本の医療保険制度の優れた特徴". https://www.med.or.jp/people/info/kaifo/feature/.(2023年11月19日閲覧)
・財務省."(資料)社会保障" 2023年11月1日 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20231101/01.pdf.(2023年11月25日閲覧)
・首相官邸."こども・子育て政策" https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seisaku_kishida/kosodate.html.(2023年11月26日閲覧)

2024年7月7日日曜日

障害者福祉|障害福祉サービス利用に関するプロセスについて

 サービス等利用計画と個別支援計画とは、障害者総合支援法に基づいて作成される障害者の福祉サービスの必要性や内容についての計画である。これらの計画は、それぞれ異なる目的や特徴を持っており、その違いを理解することが重要である。そこで本稿では、両者の違いを明示し、両者とも関連性のある支給決定プロセスの意義と課題について述べる。

 はじめに、サービス等利用計画と個別支援計画それぞれの特徴と関係性について説明する。
 サービス等利用計画とは、障害者の生活に対する意向や総合的な援助の方針、解決すべき課題などを定めた計画である。障害者本人が作成することもできるが、多くの場合は指定特定相談支援事業者が作成する。指定特定相談支援事業者とは、障害者のサービス利用支援を行う専門的な相談員である。相談支援専門員は、障害者の心身の状況や置かれている環境、サービス利用の意向などを把握し、障害福祉サービスに加えて、保健医療サービスやその他の福祉サービス、地域住民の自発的活動なども計画に位置づけるよう努める。サービス等利用計画は、サービスの目的や期間、種類や内容、量などを記載するとともに、サービス提供の留意事項や支援目標、複数サービスの役割分担、利用者の環境調整など、総合的な支援計画となる。
 一方、個別支援計画はサービス提供事業者が作成する計画である。サービス提供事業者とは、障害者が利用する生活介護や就労継続支援などの事業所である。サービス提供事業者において、障害者の個別支援計画の作成や実施、評価などを行う責任者がサービス管理責任者である。サービス管理責任者は、サービス等利用計画における総合的な援助方針などを踏まえ、事業所が提供するサービスの適切な支援内容や方法、目標や評価基準などを具体的に記載する。個別支援計画は、サービス事業所の専門性や特色を生かして、障害者のニーズを充足させるための計画となる。

 サービス等利用計画と個別支援計画は、それぞれ異なる視点から障害者の支援を計画するものであるが、同時に連動しているものでもある。サービス等利用計画は、障害者の生活全体を考慮した上で、最も適切なサービスの組み合わせや支援方針を示すものであり、個別支援計画は、その方針に沿って、各サービス事業所がどのように支援していくかを示すものである。したがって、サービス等利用計画と個別支援計画は一貫性と整合性を持たせる必要がある。そのためには相談支援専門員とサービス管理責任者との連携が不可欠である。相談支援専門員とサービス管理責任者は、定期的に情報交換や意見交換を行い、障害者のニーズや状況の変化に応じて、計画の見直しや修正を行うことが求められる。

 障害者総合支援法における支給決定プロセスとは、障害者が必要とする障害福祉サービスの種類や内容を、市町村が個別に判断する仕組みである。このプロセスの意義は、障害者の心身の状況や生活環境、サービスの利用意向などを総合的に勘案し、最適なサービスの組み合わせを提供することで、障害者の自立や社会参加を促進することにある。課題としては、支給決定の基準や手続きが複雑であること、市町村やサービス提供事業者の判断にばらつきがあること、障害者や家族のニーズや希望が十分に反映されないことなどが挙げられる。
 これらの課題に対応するには、支給決定プロセスの透明化、相談支援専門員やサービス管理責任者の能力や責任の向上、サービス事業所の数や種類の充実、サービスの質や内容の均一化などの取り組みが必要であると考えられる。

 最後に、根本的な課題として、相談支援専門員およびサービス提供事業者の不足を挙げておきたい。筆者は機会があれば相談支援従事者研修を受講するつもりである。少しでも貢献できるよう最善と全力を尽くしたい。

[参考文献]

・峯島厚、木全和巳、児嶋芳朗(編)『障害者福祉』弘文堂 2021年
・デイリー法学選書編修委員会(編)『障害者総合支援法のしくみ』三省堂 2019年

・厚生労働省."サービスの利用手続き". https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/riyou.html.(2024年2月10日閲覧)
・厚生労働省. "障害福祉サービスの支給決定・サービス利用のプロセス" https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsushienhou02/4.html.(2022年2月10日閲覧)
・金 廣來著. "日本における障害福祉サービスの利用抑制に関する研究". 佛教大学大学院 社会福祉学研究科篇 第42号. 2014年3月 https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DF/0042/DF00420L035.pdf.(2024年2月26日閲覧)

2024年6月24日月曜日

ベヴァリッジ報告の内容と、日本の社会保障制度への影響

 ベヴァリッジ報告の内容と日本の社会保障制度が受けた影響について整理し、その原点に立返る必要性について以下述べる。

 ベヴァリッジ報告は、1942年にイギリスの経済学者ベヴァリッジが発表した社会保障制度改革のための報告書である。その目的は戦後のイギリス社会の再建と福祉国家の実現であった。ベヴァリッジは、イギリスが克服すべき社会的問題を、欠乏、疾病、無知、不潔、怠惰の五大巨悪とし、それらに対抗するためには国家による社会保険制度の整備が必要であると主張した。

 ベヴァリッジ報告の主な内容は以下のとおりである。

①社会的リスクに対して、国民全体が参加する社会保険制度を整備すること。社会保険には、健康保険、失業給付、年金などが含まれる。社会保険は、労働者と雇用者、そして国家が拠出する保険料によって賄われる。

②社会保険制度によって最低限度の生活保障(ナショナル・ミニマム)を確保すること。ナショナル・ミニマムとはウェッブ夫妻が提唱した概念で、人間らしい生活を送るために必要な最低限の所得やサービスの水準を指す。

③社会保険制度に加え、特別な事情によって生活困窮に陥った人々に対し、国民扶助という公的扶助制度を設けること。国民扶助は資力調査(ミーンズテスト)を条件として、補助金や物品の提供などの形で行われる。

④ナショナル・ミニマムを超えるサービスを望む人々に対し、任意保険を認めること。任意保険は自由主義経済の原則に基づき、個人の選択と責任に委ねられる。

⑤社会保障制度の実施には次の三つの前提条件を満たすこと。

ⅰ)児童手当の支給。大家族の所得保障、子どもの健全な生活の確保。人口維持のために全ての子どもに対し児童手当を支給。
ⅱ)包括的な保険およびリハビリテーション・サービスの提供。病気の予防や治療、リハビリテーションを全ての国民に保障するため国民保健サービスを創設。
ⅲ)雇用の維持。失業者の大量発生を防ぐため、完全雇用政策を実施。

以上がベヴァリッジ報告の概要である。

 ベヴァリッジ報告はイギリス国民の関心を集め、戦後の福祉国家への期待が高まっていく。1945年に誕生したアトリー政権は、ベヴァリッジ報告を基に、1946年の国民保険法、1948年の国民保健サービス法や国民扶助法などを制定し、いわゆる「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家を実現したのである。

 社会保障制度の主要手段として社会保険を位置づけたベヴァリッジ報告は、世界各国にも影響を与えた。日本でも日本国憲法の制定により社会保障に対する国の責務が規定され、1950年には社会保障制度審議会が「社会保障制度に関する勧告」を発表、社会保険を中核に社会保障制度を構築すべきとした。

 日本の社会保障制度は、ベヴァリッジ報告が社会保障計画の構成として示した、社会保険、国民扶助、任意保険という三つの方法を基本とし発展していく。1961年には地域保険である国民健康保険、国民年金に農家や自営業者などを加入させることで国民皆保険・皆年金が実現した。

 そして、ベヴァリッジ報告にある三つの前提、「完全雇用」「所得制限なしの児童手当」「包括的な保健サービスの提供」に基づいて日本でも制度改革が進められた。1971年に児童手当法が制定、1973年の「福祉元年」には、老人医療費の無料化や、医療保険における高額療養費制度や年金の物価スライド制などが導入されたのである。

 前述のとおり、ベヴァリッジは社会保障制度の敵として五大巨悪を挙げた。これは、社会保障制度は貧困や疾病などの結果に対処するだけではなく、その原因にも取組むべきであるというメッセージであると言えよう。今、日本の社会保障は財政的に持続可能かが大きな課題となっている。ベヴァリッジ報告の原点に立返り、巨悪は何か、その原因を検証し解決していく姿勢こそが必要ではないかと考える次第である。

[参考文献]
・ウィリアム・べヴァリッジ(著)『べヴァリッジ報告 社会保障および関連サービス』法律文化社 2014年

ベヴァリッジ報告―社会保険および関連サービス
・厚生労働省."社会保障の在り方に関する懇談会(第11回) 資料2" 2005年7月26日 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyou/dai11/11siryou2.pdf.(2024年1月22日閲覧)

2024年6月14日金曜日

浦添市西海岸埋め立てと軍港建設について

 2024年4月21日の沖縄タイムスに、浦添西海岸埋立てについてのアセスメントに寄せられたパブリックコメントの6割強が反対意見であったと報じられた。今回のアセスメントは、西海岸を埋め立てる計画の内の極一部(ビーチの部分)の場所が対象となっている。環境保全や保護、軍事化への反対、理由は色々あるだろうが、私が懸念するのはそもそもの計画性である。

浦添西海岸

 サンエーパルコシティの屋上駐車場から撮影した浦添西海岸である。那覇軍港はこの海を埋立て建設されようとしている。その計画の全体像は以下の通りである。

移設計画全体像(画像直リンク先は琉球新報)

 マリーナの部分には「交流・にぎわい空間」が予定されており、隣にはビーチがある。先述の沖縄タイムス紙面によれば「観光拠点を想定した交流整備施設や臨港道路などを整備する」そうだ。以前の計画では、パルコシティ周辺、キャンプキンザーが返還された後はホテルなどを誘致し観光拠点に…というものも目にした記憶がある。ビーチや観光施設は、防波堤の内側にできる軍港や物流空間のさらに内側に位置することになる。今の浦添西海岸は、水平線に沈む夕陽が良く見える場所だが、この計画ではビーチから見えるのは軍艦である。私には観光ビジネスとして上手くいくとは思えない。どうしたらこの発想が出てくるのか理解しがたいのである。

 私個人としては、ここ2,30年、沖縄で行われた数々の大規模な埋立てにウンザリしているので、環境面からは勿論反対である。反戦の立場からも反対だ。しかし、埋立てを進める市長が当選しているのも事実だ。有権者がどこまでの知識をもって票を投じたかは分かるはずもないが、それも含めて事実である。不思議なもので、普天間基地の辺野古移設を環境や軍事化に反対する立場の政治家、いわゆるオール沖縄のほとんどの政治家は、浦添西海岸移設には反対していない。共産党の議員が反対するのみだ。つまり形としては、沖縄の大部分が反対していないことになる。
 それでも私は、この事業計画から恒久的な利点を見出すことが出来ない。那覇軍港はそのまま改築や増設をして使い続けたほうがよっぽどいいとすら思えてくる。この計画の内容が変更されない限り、反対の意思を貫きたい。

2024年5月15日水曜日

糖尿病について(2型糖尿病の生活習慣病としての側面や合併症の問題)

 糖尿病は国が定める重要疾患の一つである。2016年の調査では、糖尿病有病者と予備群は約2,000万人いるとされている。また、知的や精神障害のある人は運動をする機会が少ないことから、生活習慣病の予防が課題となるケースがある。そこで本稿では、糖尿病について1型糖尿病と2型糖尿病に分け、特に2型糖尿病について生活習慣病としての側面、及び合併症について述べる。

 糖尿病とは、血液中のブドウ糖(グルコース)の濃度が正常値よりも高くなる状態を指す。ブドウ糖は、食べ物から摂取した炭水化物が消化されて作られるエネルギー源である。ブドウ糖はインスリンの働きによって細胞に取り込まれるが、インスリンの分泌や作用に異常があると血液中にブドウ糖がたまってしまう。これが糖尿病の原因であり、糖尿病には主に1型と2型の2種類がある。
 1型糖尿病は、自己免疫反応によってインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が壊されてしまい、インスリンの分泌がほとんどなくなるタイプである。主に若年者に発症し、遺伝的な要因やウイルス感染などが関係していると考えられている。治療はインスリン注射によってインスリンを補うインスリン療法が主である。
 2型糖尿病は、インスリンの分泌量が減少したり、インスリンの働きが弱くなったりするタイプだ。主に中高年者に発症し、遺伝的な要因に加えて、食生活や運動不足などの生活習慣が大きく影響していることから生活習慣病と呼ばれることもある。治療法は、食事や運動によって血糖値をコントロールすることである。薬物治療やインスリン注射も必要な場合もある。2型は日本人の糖尿病全体に対し90%以上を占めている。

 糖尿病を放置すると、様々な合併症を引き起こす危険性がある。合併症には、心臓や脳などの大きな血管に障害を起こす大血管症と、目や腎臓などの微小血管に障害を起こす細小血管症とがある。細小血管症の中でも、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害は、三大合併症と呼ばれている。
 糖尿病性腎症は、腎臓の機能を担う糸球体の血管が傷つき、腎臓の働きが低下する合併症である。タンパク尿や高血圧などが起こり、人工透析が必要になることもある。
 糖尿病性網膜症は、網膜の血流が低下することで視力が低下する合併症で、重症化すると失明の危険がある。中途失明の原因の第一位となっている。
 糖尿病性神経障害は、神経の血管が傷つき、神経の伝達が悪くなる合併症である。手足のしびれや感覚異常、自律神経が障害されることによる起立性低血圧、排尿障害などが起こる。重症化すると、壊疽による下肢切断、突然死の危険がある。

 2型糖尿病は生活習慣の改善で予防や改善が期待出来る。禁煙、禁酒、十分な睡眠、ストレスへの対処など注意することは多いが、中でも重要なのは、治療法にも挙げた食事と運動である。
 食事で注意することは、適正な体重コントロールの為、食事はバランスよく摂り、食べ過ぎや間食を避けること。また、食後の血糖値を上昇させないため、食物繊維を多く含む食品を先に摂るなど、食べ方にも工夫が必要である。
 運動は、有酸素運動を週3回以上、1回に20分以上行うと良い。運動することでインスリンの効きが良くなり血糖値が下がる。また、食後に運動をすると筋肉でブドウ糖や脂肪の利用が増加するため、血糖値の上昇が改善されることが期待できる。
 2型糖尿病は完治する病気ではないが、生活習慣の改善によって血糖値をコントロールし合併症を予防することはできる。自分の体と向き合い、健康的な生活を送ることが大切なのである。

おわりに
 筆者はパラ・スポーツ指導員であり、ボランティアで障害者のジョギングサークルで指導している。参加者の中には、医師に糖尿病の予防や治療に運動を勧められている人もいる。知識を深め、今後も運動する機会と場の提供に力を入れていきたい。

[参考文献]
・福祉臨床シリーズ編集委員会(編)『医学概論』弘文堂 2021年
・中神朋子(著)"糖尿病の疫学".日本内科学会雑誌110巻9号 2022年9月10日公開 https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/110/9/110_2013/_pdf/-char/en.(2023年10月25日閲覧)
・糖尿病情報センター(国立国際医療研究センター)."糖尿病の慢性合併症について知っておきましょう" 2015年11月4日 https://dmic.ncgm.go.jp/general/about-dm/060/020/02.html.(2023年10月27日閲覧)
・糖尿病情報センター(国立国際医療研究センター)."神経障害" 2018年4月6日 https://dmic.ncgm.go.jp/general/about-dm/060/060/01.html.(2023年10月27日閲覧)
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