2024年7月20日土曜日

ライフコースの概念とライフコースの視点が導入された背景について

 ライフコースとは「個人が生涯のなかで、様々な出来事を経験し、社会との関係から様々な役割を果たしていく過程のこと」1)である。日本では1970年代頃に登場した考え方で、その背景にはライフサイクルの概念の限界があった。本稿では、ライフコースの概念と歴史について、ライフサイクルとの関連性を中心に述べる。

 ライフサイクル研究の草分け的なものとして、ラウントリーの貧困研究が挙げられる。ラウントリーは、高齢者や子供は他の年齢層に比べ貧困線より下の貧困層に陥りやすいことを見出し、ライフサイクルにおける貧困の循環や周期性を明らかにした。

 その後ライフサイクルの考え方は生物学や心理学の分野で発達する。特にエリクソンの発達段階説が代表的である。彼は人間の一生を8つの発達段階に分け、各段階ではプラスの力(発達課題)とネガティブな力(危機)が対になっており、その両方の関係性が人として発達していくことに大きく影響するとした。ライフサイクルは、人間の一生に見られる規則的な推移が世代ごとに繰り返されること、つまり世代間に共通する形態を指す概念として確立していくのである。

 しかしライフサイクルの考え方には、個人の多様な人生のあり方や社会的な変化に対応できないという問題があった。例えば、ライフサイクルや家族周期の研究では、異性婚による家族の形成を前提とした標準的な家族発達のパターンを示すことが重視された結果、事実婚や同性婚、独身の選択、離婚、再婚などの経験をしてきた個人の発達過程を例外として研究から除外されてしまった。また、ライフサイクルは同時代の人々が共通に経験する歴史的出来事や社会状況の影響を無視していたという批判もあった。

 こうした課題に対応するため、ライフサイクルを相対化したライフコースの概念が登場する。初期のライフコース研究の代表的なものとして、エルダーの『大恐慌の子どもたち』がある。エルダーは、大恐慌などの歴史的事件が、その後の個人の人生にどのような影響を与えたかを縦断的に調査することで、社会的なパターンと個人の生活を結びつけて説明しようとしたのである。そして「ライフコースとは、個人が年齢別の役割や出来事を経つつ辿る行路をさす」2)と定義する。

 ライフコースの研究では、個人の人生におけるライフステージという区分けが用いられる。ライフステージとは、個人の年齢や社会的な役割に応じて、人生をいくつかの段階に分けたものである。ライフステージは、個人の人生における重要な出来事や変化(ライフイベント)が、個人の人生に与える影響を分析する際に用いられる。

 ライフコースの概念は、個人の人生における個人化という現象を理解するためにも有用である。個人化とは、個人が自分の人生における選択や責任を自らの判断で行うことを指す。個人化は、社会の変化や多様化に伴い、人生における規範や制約が弱まり、個人の自由度が高まったことを反映していると言える。しかし個人化には、個人の自己実現や多様性の尊重という肯定的な側面と、個人の孤立や不安、社会問題の個人化という否定的な側面とがある。ライフコースの概念は、その両面を捉えることができると考えられるのである。

 以上、ライフコースの概念と歴史について述べてきた。ライフコースは、ライフサイクルという概念の限界を克服するために生まれたものであり、個人の多様な人生のあり方や社会的な変化に対応できる概念である。また、ライフステージやライフイベントが、個人の発達や社会化、社会的地位や役割、生活の質や幸福感などにどのように影響するかを検討するライフコース研究は、個人の人生における個人化という現象を理解することにも貢献していると言えるだろう。

[引用文献]

1)福祉教育カレッジ(編)「社会福祉用語辞典」エムスリーエデュケーション 2017年 P476
2)中村文哉(編著)「生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で」ふくろう出版 2009年 P58

生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で

[参考文献]

・日本ソーシャルワーク教育学校連盟(編)「社会学と社会システム」2021年 中央法規出版
・李侖姫・渡辺深(著)「入門 社会学」2022年 ミネルヴァ書房
・中村文哉(編著)「生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で」2009年 ふくろう出版
・日本大学経済学部."ライフコースの社会学再考". 研究紀要第75号. 2014年1月 https://www.eco.nihon-u.ac.jp/wp-content/uploads/2023/05/75-8.pdf.(2024年1月8日閲覧)

2024年7月14日日曜日

医療費が高騰する現在、日本の医療保険制度の特徴と役割

 日本の医療保険制度は世界に類を見ない高度な普及率とサービス水準を誇る制度である。しかし少子高齢化や医療技術の進歩に伴う医療費の高騰と現役世代の負担増は、その持続可能性に大きな課題をもたらしている。そこで本稿では、医療費が高騰する中、日本の医療保険制度の特徴と役割について述べる。

 日本の医療保険制度の特徴は、先ず国民皆保険であることが挙げられる。日本では1961年に国民皆保険制度が実現する。これによりすべての国民は何らかの医療保険に加入することになり、医療を受けた場合は医療保険が適用される。ただし、労災保険の適用や自由診療(全額自己負担)となる美容整形などを除く。

 医療保険の種類は、一般被用者(健康保険)、公務員(共済組合)、船員(船員保険)の被用者とその家族が加入する被用者保険、自営業者や無職者などの非被用者が加入する国民健康保険に大別される。また75歳以上の高齢者は後期高齢者医療制度に移行する。これらの医療保険は、国や地方自治体、保険者などが共同で運営し、保険料や負担割合は所得や年齢などに応じて異なる。

 被用者保険の保険者はそれぞれ、健康保険は全国健康保険協会と健康保険組合、船員保険は全国健康保険協会、共済組合は共済組合・事業団である。また国民健康保険には、都道府県及び市町村を保険者とする市町村国民健康保険、法人に属さない医師や弁護士などを対象とした職種別の国民健康保険組合を保険者とするものがある。

 日本の医療保険制度の特徴としては他に、どこの医療機関でも、どの医師にも自由に診てもらい、医療サービスを受けられることが挙げられる。そして、医療保険で受ける医療サービスは、一部負担金を支払うことで受けられる現物給付が中心であることも特徴であると言えよう。健康保険、共済、国民健康保険での窓口負担割合は3割(義務教育就学前の者、70歳から74歳までの者は2割)であり、後期高齢者医療制度での窓口負担割合は1割(一定以上の所得がある者は2割、現役並み所得者は3割)となっている。ただし、所得に応じ一部負担金に限度額を設ける高額医療制度がある。また、傷病や出産による傷病手当金や出産手当金等の現金給付もある。

 医療保険の適用を受ける場合、医療機関には提供する医療サービスに対して、国が定めた診療報酬点数表に基づき一定の報酬が支払われる。この診療報酬制度は、医療保険の財政を安定させるとともに医療サービスの価格を統一する効果があると言える。

 上述の特徴から、医療保険制度の役割は以下のように考えられる。

①国民の健康を守る
 国民が必要なときに必要な医療を受けられるようにすることで、国民の健康を守る役割を果たしている。

②国民の経済的負担を軽減する
 医療費の全額を自己負担することなく、医療を受けられるようにすることで、国民の経済的負担を軽減する役割を果たしている。また、高額療養費制度や傷病手当金制度なども設けており、生活困難に陥ることを防いでいる。

③社会の公平性と安定性を保つ
 所得や地域にかかわらず、医療サービスを平等に受けられるようにすることで社会の公平性を保つこと、また国民の健康や経済的安全を確保することで社会の安定性を保つ役割がある。

 上記③のみ役割を果たしているとは記述しなかった。その理由として「現役世代の保険料率は報酬の3割を超える水準であり(中略)医療介護の保険料率上昇を抑制する取組みを強化しないと(中略)保険制度が持続できないおそれ」1)があることを挙げておきたい。
 今後さらに、必要な医療を提供しつつ給付費等の伸びを抑制し、構造的賃上げを通じて所得を増加させ給付と負担の均衡を保つことが必要となるであろう。
 また、政府は少子化対策を実現するに当たり「加速化プラン(事業規模3兆円半ば)」を実施するという。その効果を注視しておく必要があるだろう。

[引用文献]

1)財務省 『(資料)社会保障』 2023年11月1日 P14 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20231101/01.pdf

[参考文献]

・阿部裕二、熊沢由美(編)『社会保障』弘文堂 2023年
・真田是(著)『社会保障と社会改革』かもがわ出版 2005年

真田是(著)『社会保障と社会改革』かもがわ出版
・社会保障入門編集委員会(編)『社会保障入門2023』中央法規出版 2023年
・厚生労働省."我が国の医療保険について". https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/iryouhoken01/index.html.(2023年11月18日閲覧)
・日本看護学会."医療保険制度の仕組みと特徴". https://www.nurse.or.jp/nursing/health_system/point/index.html#02. (2023年11月18日閲覧)
・日本医師会."日本の医療保険制度の優れた特徴". https://www.med.or.jp/people/info/kaifo/feature/.(2023年11月19日閲覧)
・財務省."(資料)社会保障" 2023年11月1日 https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20231101/01.pdf.(2023年11月25日閲覧)
・首相官邸."こども・子育て政策" https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seisaku_kishida/kosodate.html.(2023年11月26日閲覧)

2024年7月7日日曜日

障害者福祉|障害福祉サービス利用に関するプロセスについて

 サービス等利用計画と個別支援計画とは、障害者総合支援法に基づいて作成される障害者の福祉サービスの必要性や内容についての計画である。これらの計画は、それぞれ異なる目的や特徴を持っており、その違いを理解することが重要である。そこで本稿では、両者の違いを明示し、両者とも関連性のある支給決定プロセスの意義と課題について述べる。

 はじめに、サービス等利用計画と個別支援計画それぞれの特徴と関係性について説明する。
 サービス等利用計画とは、障害者の生活に対する意向や総合的な援助の方針、解決すべき課題などを定めた計画である。障害者本人が作成することもできるが、多くの場合は指定特定相談支援事業者が作成する。指定特定相談支援事業者とは、障害者のサービス利用支援を行う専門的な相談員である。相談支援専門員は、障害者の心身の状況や置かれている環境、サービス利用の意向などを把握し、障害福祉サービスに加えて、保健医療サービスやその他の福祉サービス、地域住民の自発的活動なども計画に位置づけるよう努める。サービス等利用計画は、サービスの目的や期間、種類や内容、量などを記載するとともに、サービス提供の留意事項や支援目標、複数サービスの役割分担、利用者の環境調整など、総合的な支援計画となる。
 一方、個別支援計画はサービス提供事業者が作成する計画である。サービス提供事業者とは、障害者が利用する生活介護や就労継続支援などの事業所である。サービス提供事業者において、障害者の個別支援計画の作成や実施、評価などを行う責任者がサービス管理責任者である。サービス管理責任者は、サービス等利用計画における総合的な援助方針などを踏まえ、事業所が提供するサービスの適切な支援内容や方法、目標や評価基準などを具体的に記載する。個別支援計画は、サービス事業所の専門性や特色を生かして、障害者のニーズを充足させるための計画となる。

 サービス等利用計画と個別支援計画は、それぞれ異なる視点から障害者の支援を計画するものであるが、同時に連動しているものでもある。サービス等利用計画は、障害者の生活全体を考慮した上で、最も適切なサービスの組み合わせや支援方針を示すものであり、個別支援計画は、その方針に沿って、各サービス事業所がどのように支援していくかを示すものである。したがって、サービス等利用計画と個別支援計画は一貫性と整合性を持たせる必要がある。そのためには相談支援専門員とサービス管理責任者との連携が不可欠である。相談支援専門員とサービス管理責任者は、定期的に情報交換や意見交換を行い、障害者のニーズや状況の変化に応じて、計画の見直しや修正を行うことが求められる。

 障害者総合支援法における支給決定プロセスとは、障害者が必要とする障害福祉サービスの種類や内容を、市町村が個別に判断する仕組みである。このプロセスの意義は、障害者の心身の状況や生活環境、サービスの利用意向などを総合的に勘案し、最適なサービスの組み合わせを提供することで、障害者の自立や社会参加を促進することにある。課題としては、支給決定の基準や手続きが複雑であること、市町村やサービス提供事業者の判断にばらつきがあること、障害者や家族のニーズや希望が十分に反映されないことなどが挙げられる。
 これらの課題に対応するには、支給決定プロセスの透明化、相談支援専門員やサービス管理責任者の能力や責任の向上、サービス事業所の数や種類の充実、サービスの質や内容の均一化などの取り組みが必要であると考えられる。

 最後に、根本的な課題として、相談支援専門員およびサービス提供事業者の不足を挙げておきたい。筆者は機会があれば相談支援従事者研修を受講するつもりである。少しでも貢献できるよう最善と全力を尽くしたい。

[参考文献]

・峯島厚、木全和巳、児嶋芳朗(編)『障害者福祉』弘文堂 2021年
・デイリー法学選書編修委員会(編)『障害者総合支援法のしくみ』三省堂 2019年

・厚生労働省."サービスの利用手続き". https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/riyou.html.(2024年2月10日閲覧)
・厚生労働省. "障害福祉サービスの支給決定・サービス利用のプロセス" https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsushienhou02/4.html.(2022年2月10日閲覧)
・金 廣來著. "日本における障害福祉サービスの利用抑制に関する研究". 佛教大学大学院 社会福祉学研究科篇 第42号. 2014年3月 https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DF/0042/DF00420L035.pdf.(2024年2月26日閲覧)