ライフコースとは「個人が生涯のなかで、様々な出来事を経験し、社会との関係から様々な役割を果たしていく過程のこと」1)である。日本では1970年代頃に登場した考え方で、その背景にはライフサイクルの概念の限界があった。本稿では、ライフコースの概念と歴史について、ライフサイクルとの関連性を中心に述べる。
ライフサイクル研究の草分け的なものとして、ラウントリーの貧困研究が挙げられる。ラウントリーは、高齢者や子供は他の年齢層に比べ貧困線より下の貧困層に陥りやすいことを見出し、ライフサイクルにおける貧困の循環や周期性を明らかにした。
その後ライフサイクルの考え方は生物学や心理学の分野で発達する。特にエリクソンの発達段階説が代表的である。彼は人間の一生を8つの発達段階に分け、各段階ではプラスの力(発達課題)とネガティブな力(危機)が対になっており、その両方の関係性が人として発達していくことに大きく影響するとした。ライフサイクルは、人間の一生に見られる規則的な推移が世代ごとに繰り返されること、つまり世代間に共通する形態を指す概念として確立していくのである。
しかしライフサイクルの考え方には、個人の多様な人生のあり方や社会的な変化に対応できないという問題があった。例えば、ライフサイクルや家族周期の研究では、異性婚による家族の形成を前提とした標準的な家族発達のパターンを示すことが重視された結果、事実婚や同性婚、独身の選択、離婚、再婚などの経験をしてきた個人の発達過程を例外として研究から除外されてしまった。また、ライフサイクルは同時代の人々が共通に経験する歴史的出来事や社会状況の影響を無視していたという批判もあった。
こうした課題に対応するため、ライフサイクルを相対化したライフコースの概念が登場する。初期のライフコース研究の代表的なものとして、エルダーの『大恐慌の子どもたち』がある。エルダーは、大恐慌などの歴史的事件が、その後の個人の人生にどのような影響を与えたかを縦断的に調査することで、社会的なパターンと個人の生活を結びつけて説明しようとしたのである。そして「ライフコースとは、個人が年齢別の役割や出来事を経つつ辿る行路をさす」2)と定義する。
ライフコースの研究では、個人の人生におけるライフステージという区分けが用いられる。ライフステージとは、個人の年齢や社会的な役割に応じて、人生をいくつかの段階に分けたものである。ライフステージは、個人の人生における重要な出来事や変化(ライフイベント)が、個人の人生に与える影響を分析する際に用いられる。
ライフコースの概念は、個人の人生における個人化という現象を理解するためにも有用である。個人化とは、個人が自分の人生における選択や責任を自らの判断で行うことを指す。個人化は、社会の変化や多様化に伴い、人生における規範や制約が弱まり、個人の自由度が高まったことを反映していると言える。しかし個人化には、個人の自己実現や多様性の尊重という肯定的な側面と、個人の孤立や不安、社会問題の個人化という否定的な側面とがある。ライフコースの概念は、その両面を捉えることができると考えられるのである。
以上、ライフコースの概念と歴史について述べてきた。ライフコースは、ライフサイクルという概念の限界を克服するために生まれたものであり、個人の多様な人生のあり方や社会的な変化に対応できる概念である。また、ライフステージやライフイベントが、個人の発達や社会化、社会的地位や役割、生活の質や幸福感などにどのように影響するかを検討するライフコース研究は、個人の人生における個人化という現象を理解することにも貢献していると言えるだろう。
[引用文献]
1)福祉教育カレッジ(編)「社会福祉用語辞典」エムスリーエデュケーション 2017年 P476
2)中村文哉(編著)「生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で」ふくろう出版 2009年 P58
[参考文献]
・日本ソーシャルワーク教育学校連盟(編)「社会学と社会システム」2021年 中央法規出版
・李侖姫・渡辺深(著)「入門 社会学」2022年 ミネルヴァ書房
・中村文哉(編著)「生と死の人間論―社会福祉学と社会学との“あいだ”で」2009年 ふくろう出版
・日本大学経済学部."ライフコースの社会学再考". 研究紀要第75号. 2014年1月 https://www.eco.nihon-u.ac.jp/wp-content/uploads/2023/05/75-8.pdf.(2024年1月8日閲覧)