2024年3月23日土曜日

地域福祉の理論

 英国で始まったコミュニティケア、米国で発展したコミュニティオーガニゼーションは日本の地域福祉の理論や政策に多大な影響を与えている。そこで英米の地域福祉の展開を述べた後、日本の地域福祉の代表的な学説について整理し、最後に意見を述べる。

・英米における展開
 地域福祉の起源として、英国の慈善組織協会(COS)とセツルメント運動が挙げられる。COSは1869年に設立され、貧困者に対して個別的な調査と援助を行うことで自立を促す考え方を持っており、後のソーシャルワーク形成に大きな影響を与えた。一方セツルメント運動は、貧困地域に住み住民と共に生活し、教育や文化活動を通じてコミュニティの向上を目指すという考え方である。これらの運動は地域福祉の基礎となるコミュニティワークの原型と言える。また1970年以前にコミュニティケアの発展に影響を与えた報告書としては、すべての国民に最低限度の生活を保障することが強調され、社会保障制度の基礎となったベヴァリッジ報告、コミュニティケアを地方自治体の社会サービス部が統合的に行うことを提言したシーボーム報告がある。
 米国の地域福祉もセツルメント活動が出発点であり、ケースワーク・グループワークという援助技法を開発、発展させてゆく。地域福祉に関する理論として、地域社会の問題を住民自身が参加し解決することを援助するコミュニティオーガニゼーションがあり、その概念は日本の地域福祉の概念形成に大きく影響している。

・日本の主な学説
 日本ではまず岡村重夫によって地域福祉の概念が形成された。岡村は1970年に「地域福祉研究」、1974年に「地域福祉論」を発表。地域福祉の構成要件をコミュニティケア、地域組織化、福祉組織化、予防的社会福祉に分類し、福祉組織活動の目的は福祉コミュニティづくりであるとした。
 右田紀久恵は、1973年に「現代の地域福祉」を発表。地域福祉の基本的な考え方として生活原則、権利原則、住民主体原則を提唱し、1993年には自治と自治制を構想した「自治型地域福祉の展開」を著した。
 1979年、全国社会福祉協議会発行の「在宅福祉サービスの戦略」では在宅福祉サービスという新たな概念が登場した。三浦文夫はこの中で、貨幣的ニーズに代わり非貨幣的ニーズが主要な課題となっていることを指摘する。同時期、永田幹夫は「地域福祉組織論」を発表。地域福祉の概念として在宅福祉サービス、環境改善サービス、組織活動を示した。
 主な学説は他に、ボランティアと福祉の思想を説いた阿部志郎、井岡勉の地域生活課題への社会的対策、大橋兼策の参加型・住民主体型地域福祉、川村匡由の地域福祉とソーシャルガバナンスなどが挙げられる。
 岡本栄一は「場-主体の地域福祉論」で、地域福祉論を4つの志向に整理できるとしている。上述した学説をその4の志向に整理すると、岡村と阿部は福祉コミュニティ志向であり、大橋は住民の主体形成志向、井岡と右田は政策・制度志向、永田と三浦は在宅福祉志向と整理することが出来る。
 なお川村の提唱する地域福祉とソーシャルガバナンスは、地域住民、行政、専門家などが多様な価値観や利害を調整しながら、共通の目標や規範を形成し協力して福祉サービスを提供する仕組みの中で住民の自立や参加や連帯が促進されるというものであり、4つの志向のミックス型であると言える。

・おわりに
 地域福祉は単なるサービス提供ではなく、住民参加や協働の過程が重要であるという点が長い歴史の中で一貫されている。筆者はこれに強く共感する。
 また地域福祉は、常に変化する社会状況に応じて柔軟に対応する必要があるということにも注意しなければならない。そのためには地域福祉の理論と向き合うこと、つまり原点に立ち返ることが必要であり、それはまた地域福祉の理念や価値観を問い直す機会を与えてくれるものと筆者は考えるものである。

[参考文献]
1)川村匡由(編著)『地域福祉と包括的支援体制』ミネルヴァ書房 2021年
2)稲葉一洋(著)『地域福祉の発展と構造』学文社 2016年
3)川村匡由(著)『地域福祉とソーシャルガバナンス』中央法規出版 2007年
4)大橋謙策(著)『地域福祉とは何か』中央法規出版 2022年

地域福祉とは何か
5)右田紀久恵(編著)『地域福祉総合化への道』ミネルヴァ書房 1995年
6)阿部志郎(著)『福祉の哲学 改訂版』誠信書房 2008年

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